限定承認の手続きの概要と流れ
まずは限定承認の概要や手続きの流れについて説明します。
1.限定承認とは
相続の限定承認とは、相続する財産のうち、プラスの財産の限度でマイナスの財産を相続するという方法です。相続財産の内訳が明確にわからず、相続放棄をするか、単純承認をするか決められない場合などに有効な相続方法とされています。
2.手続きは複雑な上時間がかかる
限定承認の手続は、完了するまでの過程が多い上、煩雑で、全ての手続きが終了するまでに1年以上の時間を要することもあります。
限定承認の手続きは、基本的に次のような流れで進みます。
①必要書類をそろえて裁判所に申し立て
限定承認の申し立てを行うために、被相続人の最後の住所地にある家庭裁判所へ以下の書類を提出します。
- 申述書
- 被相続人の全ての財産を記載した財産目録
- 被相続人の出生から死亡までの全ての戸籍謄本
- 被相続人の住民票または戸籍附票
- 申述人全員の戸籍謄本
②裁判所による受理
裁判所が提出書類を審査の上、問題がなければ受理されます。
③限定承認をしたこと及び債権の請求をすべき旨の公告
裁判所に受理された後は、被相続人のマイナスの資産を正確に把握すべく、官報公告を掲載します。官報に掲載するのは、相続人らが限定承認をしたこと、被相続人に対して債権があるなら公告期間内に相続人らへ請求するようにといった内容です。
④相続財産管理口座の開設
被相続人の残したプラスの財産は、相続財産管理口座を開設の上管理します。相続人が複数名いる場合は、裁判所がそのうちの一人を相続財産管理人に選任するので、その人が口座を開設することになります。
⑤相続財産の換価手続き
預金口座や株式、不動産といった被相続人の財産は全て換価します。不動産は競売によって売却します。
⑥配当弁済手続き
公告期間経過後、届け出のあった債権者に対して、債権額の割合に応じた額を配当、弁済します。
⑦残余財産の処理
届け出のあった債権者らに対して弁済した後、さらに財産が残った場合は公告期間を過ぎて請求してきた債権者に対して支払います。それでもなお残った財産は、相続人らの相続分となります。
限定承認の手続きにかかる費用
限定承認の手続きをする場合、どれくらいの費用がかかるのでしょうか。
1.申し立てにかかる費用
裁判所への申し立ての際には、申述書に添付する必要のある印紙と郵券代、添付書類として提出する戸籍などの取得費用がかかります。
印紙代は800円、郵券代は管轄の家庭裁判所によりますが数百円程度であることが多いでしょう。戸籍謄本の取得には450円、原戸籍や除斥謄本には750円かかります。住民票の料金は各市町村によります。
2.官報公告費用
裁判所に限定承認の申し立てが受理された後に掲載する官報公告にも費用がかかります。掲載料金は行単位で決まっており、限定承認をしたこと及び債権の請求をすべき旨の公告の場合、4万円ほどになることが多いでしょう。
3.不動産がある場合は競売費用もかかる
相続財産に不動産が含まれる場合、民法932条1項で定められている内容に従い、処分する際に競売手続きを経なければなりません。競売手続きには、申し立て費用の他、予納金がかかります。申し立て費用は数千円程度ですが、予納金は100万円近くかかることが多いでしょう。
限定承認を選択すべきケースとは
手続きが煩雑な上、時間がかかる限定承認は、相続方法として積極的に選択されることはほとんどありません。しかし、限定承認を選択するのがベストであるケースもあります。特に以下のような場合は、限定承認を選択するのが有効でしょう。
1.プラスとマイナスの財産のどちらが多いか不明な場合
財産がプラスなら受け取りたいけれど、マイナスの財産がどれくらいあるのかよくわからない場合は限定承認を選択するのがよいでしょう。
特に、生前被相続人とあまり交流がなかった場合、金融機関などに対する借り入れの有無は書面で容易に調査できたとしても、被相続人の交友関係などを完璧に調査することは難しいものです。全てが明らかにならないまま単純承認を選択し、後になって債権者が発覚した場合、弁済を行う義務を負うのは相続人です。
しかし、限定承認の場合は、裁判所の受理後に官報公告を掲載して債権の届け出をする機会を設けられるので安心です。官報公告を通じて新たに債権者が現れたとしても、相続財産の範囲内で弁済できますし、残余があった場合はそのまま受け取れます。
2.不動産や会社など残したい財産がある場合
マイナスの財産がプラスの財産よりも多くあるけれど、不動産や会社など、処分することなくそのまま相続したい財産がある場合は、限定承認を選択することをおすすめします。残したい財産を手放すことなく、負債額を大幅に減らせることもあります。
①不動産を残したい場合
例えば、自宅が被相続人名義である場合など、そのまま相続財産である不動産を受け継ぎたいこともあるでしょう。
通常通りの手続きなら、相続財産に不動産が含まれる場合、その処分にあたっては競売手続きを経なければなりません。この場合、住んでいる家を出ていかなくてはならなくなります。
しかし、限定承認の場合、相続人には相続不動産について先買権が認められます。先買権とは、競売にかけられた不動産を優先的に購入できる権利です。家庭裁判所が選任した不動産鑑定人による不動産評価に従って、相続財産の全部または一部を弁済することで認められます。
少しわかりづらいので具体例を挙げてみましょう。
例えば、自宅不動産が被相続人との共同名義で、被相続人の持ち分が1/2だったとしましょう。裁判所が選任した鑑定人によるとその評価額は500万円だとします。さらに相続財産には、他にプラスとなる財産はなく、マイナスの財産は3000万円あるとしましょう。この場合、500万円(またはそれ以上)を支払えば、自宅不動産は手元に残り、一方の3000万円分の負債は相続財産の範囲内で弁済すれば足りることとなります。
このような場合、限定承認を選択することは非常に有効といえるでしょう。
②会社を残したい場合
被相続人が経営していた会社や家業を引き継ぎたい場合も、同様に先買権によって手元に残すことができます。事業に関する不動産や動産も競売にかけられることになりますが、裁判所の選任した鑑定士が算定した評価額を支払うことで、手放さずにすみます。
前述の不動産と同様、マイナスの金額が大きいほど得られるメリットも大きくなります。
限定承認を選択する際の注意点
限定承認を選択する場合に知っておくべき注意点について説明します。
1.申し立てには期限がある
限定承認の申し立てには期限があります。具体的には、相続が開始したことを知ったときから3カ月以内に申し立てなければなりません。
もし、財産調査や相続人の特定や連絡に時間がかかったり、単純承認や相続放棄を選択するか決められなかったりする場合は、裁判所に申し立てをすれば期限を延長することもできます。
2.相続人が一人でも欠けると申し立てできない
限定承認の申し立ては、相続人全員で共同して行う必要があります。同意を得られなかったり、連絡がつかなかったりする相続人が一人でもいる場合、限定承認はできません。
ただし、相続放棄をした人がいる場合は、その人は相続人ではなくなるので、申述人に含めなくても手続きを進められます。
3.法定単純承認にあたる行動はしない
被相続人の財産を、相続する前に処分してしまった場合、単純承認をしたとみなされるため、限定承認の手続きはできなくなります。
例えば、被相続人の預金口座からお金を引き出して自分の支払いに充てる、被相続人名義の不動産や株式を勝手に売却するなどの行為は、「法定単純承認」と呼ばれ、自動的に単純承認をしたとみなされます。 相続人のうち、誰か一人でも法定単純承認にあたる行動をしてしまった場合、限定承認はできなくなってしまうので注意しましょう。
4.みなし譲渡所得税がかかることも
不動産、株式、ゴルフ会員権など、時価で取引されるものが相続財産に含まれる場合、みなし譲渡所得税が発生することがあるという点にも注意が必要です。
例えば、相続財産の中に被相続人が5年前に500万円で取得した土地があるとします。その土地の時価が、あるときから上昇を続け、現在2000万円の評価になったという場合、取得時の価格と現在の価値との差額である1500万円について税金がかかってしまうのです。みなし譲渡所得税が発生する場合は、準確定申告の手続きをする必要もあります。
相続放棄と限定承認との違い
マイナスの財産が多い場合、相続放棄と限定承認のどちらを選択するべきか迷われる方もいらっしゃいます。相続放棄と限定承認にはどのような違いがあるのでしょうか。
1.相続放棄はプラスもマイナスも全て放棄
限定承認の場合、プラスの財産が残った場合には相続できるのに対し、相続放棄の場合、プラスもマイナスも含めて全ての財産の相続を放棄することになります。マイナスの財産を清算して余剰が出た場合でも、余剰分を受け取ることはできません。
2.後から財産が発覚しても相続できない
相続放棄の手続きを行った後に、被相続人に莫大な財産があったことが発覚しても、相続することはできません。また、一度相続放棄の手続きをして裁判所に受理されれば、取り消すことはできません。
3.単独でも申し立て可能
限定承認の申し立ては、相続人全員でなければできませんが、相続放棄の場合は単独でも可能です。放棄したければ、独断で手続きを進められます。
まとめ
今回は、限定承認の手続き、手続きにかかる費用、限定承認を選択すべき場合、限定承認を選択する際の注意点、相続放棄との違いについて解説しました。
プラスとマイナスの財産のどちらが多いかわからない場合や、残したい財産がある場合など、限定承認を選択するのがベストな場合もありますが、実際は手続きが煩雑なこともあり、選択されることはほとんどありません。
被相続人の財産調査が難しい場合や、限定承認か相続放棄か迷われた場合は、後悔しないためにも、専門家に相談した上で慎重に判断することをおすすめします。
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